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Syssy File (9)

次に「行く」の謙譲語を考えましょう。ルール通りなら、「行く」の謙譲語は「お行きする」になるはずです。でもやっぱりこれも正しくはありません。「行く」の謙譲語は「参る」です。でも、「参る」を辞書形で使うと、時代劇調の古い表現になりますから、丁寧形「~します」で使います。でも、「お」はつけません。「お参りします」になると、神社参拝の意味になります。また、丁寧形の「~いたします」も使えません。
「私が参る」(△)→「私が参ります」(○)→「私がお参りいたします」(×)
Let’s learn about the humble form of 行く. As a general rule, the humble form of 行く should beお行きする (oiki suru), but properly it is 参る (mairu). And if you use 参る as it is, it sounds like the language used in samurai dramas. If you don’t want to perform a samurai play, you had better use a politer form of 参る, that is 参ります (mairimasu). But don’t put “o” at the head of参ります because お参りする or お参りします means “visit shrines.” And don’t use いたします (itashimasu) with 参る as in 参りいたします (mairi itashimasu).
そして、謙譲語は話者である「わたし」がへりくだった表現だから「わたし」が主語になるので、「山田さんが参られた」と言うのは誤り。
And in humble forms the speaker always considers himself to be at the lowest level. So the subject of the humble sentence is “I.” If the subject of the sentence is other than “I,” using the humble form will not be correct.

Syssy File (8)

「行く」と「来る」の区別が分からなくなったのが「いってきます」「いってらっしゃい」という普段の別れの挨拶です。
We can’t make a clear distinction between行くand 来るin daily greetings such as いってきます(itte kimasu) andいってらっしゃい(itterasshai).
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「行って(い)らっしゃい」=「行って」+「(無事に)帰ってらっしゃい
「行って来ます」=「行って」+「(無事に)帰って来る
「いってらっしゃい」は、母親が学校に行くために家を出て行く子供に、妻が会社に出かける夫に対してかける言葉です。英語にはできません。あえて英語にすると、”Have a good day”とか”See you later”になります。「行ってらっしゃい」は「行って」と「無事に帰って来なさい」が一緒になってできた挨拶です。「いらっしゃい」は「来る」の意味で使われています。
Mothers will say いってらっしゃいto their children when they go to school, or wives will say so to their husbands when they set off for work. There is no English expression forいってらっしゃい. But it is used in referring to “Have a good day” or “See you (later).” 「行って(い)らっしゃい」means “You go and return home safely.” In this case, いらっしゃい means 来る, not 行く.
一方、「行って来ます」は、上と同じ状況で、出て行く子供や夫が「行ってらっしゃい」に対して返す言葉です。これも英語にするとI’m off. See you!にしかなりません。これも「行って」と「無事に帰って来ます」が一緒になってできています。「来る」が直接使われています。
On the other hand, 行って来ます will be used by children or husbands at the same time for departure. 行って来ま has the same meaning as 行って(い)らっしゃい, and来るis used straightforward.
ですから、「行って(い)らっしゃい」も「行って来ます」も両方とも「行って帰って来る」という内容ですが「いらっしゃい」には尊敬の意味が込められているわけです。
So these two greeting expressions express the same thing: 行って、帰って来る (go and return). But いってらっしゃい is politer because いらっしゃい is the honorific expression of 来る.
さて、「行って参ります」には「帰って来る」の意味はありません。これは、戦争に行く武士や兵士が使った挨拶で、帰ってこれないことが分かっている場合の挨拶です。今はその意味はなくなって、「行って来ます」と同じように使われています。この様に、普段の挨拶の中で、「行く」と「来る」を意識せずに使っています。
By the way, 行って参ります doesn’t have the meaning of 帰ってくる because this expression was used when the solders went to battle, and they knew whether they could go back home. Now 行って参ります can be used in the same way as 行ってきます in daily life. In this manner, we use these expressions without regard for行く and 来る.

Syssy File (7)

今回は、規則通りにはならない動詞の「行く」を勉強します。ルール通りなら、「行く」を尊敬語にすると「お行きになる」や「行かれる」になるはずです。でも、「お行きになる」や「行かれる」は正しくありません。
This time, let me explain the honorific form of 行く (iku, meaning “to go”). The conventional rule would be to put 行く into honorific form by changing the verbal dictionary form into the continuous form and then adding “o” in front of the continuous form and “ni naru” at the end to get お行きになる (oiki ni naru). The other way would be to put 行く into the passive form 行かれる (ikareru). But お行きになる and 行かれる are not correct honorific expressions.
「行く」(ゆく)
尊敬語①「お行きになる(おいきになる)」(×)→「おいでになる」(○)
尊敬語②「行かれる(いかれる)」(×)→「おいでになる」(○)
だから「行く」の尊敬語が「おいでになる」だということは、もう覚えるしかありません。
You should keep in mind that the honorific form of 行く is おいでになる (oide ni naru」.
「行く」も「来る」も尊敬語は「いらっしゃる / おいでになる」です。不思議だよね。どうしてかというと、話者がどこにいるのかによって「行く」になったり「来る」になったりするので、「行く」のか「来る」のかの区別ができない場合があるからです。だから「いらっしゃる / おいでになる」で「行く」にも「来る」にも使えるようになりました。「来る」の尊敬語には他に、「お越しになる」というのがありますが、「いらっしゃる/おいでになる」だけ覚えておけば良いでしょう。
The honorific form of 行く and 来る (kuru, meaning “to come”) are the same いらっしゃる/おいでになる. It’s strange!! The reason is that whether you use 行く or 来る depends on the position of the other person to yourself. So いらっしゃる/おいでになる can mean either 行く or 来る. Another honorific form of 行く is お越しになる(okoshi ni naru). But all you have to do is to memorize おいでになる/いらっしゃる.
「いらっしゃる」には「行く」「来る」「居(い)る」の3つの意味があります。
いらっしゃる has three meanings: 行く, 来る, and 居る(iru, meaning “to be in a place”).
「今日はどちらへいらっしゃいますか?」= Where do you want to go today?
「こっちにいらっしゃい」= Come here.
「いま、お宅にいらっしゃいますか?」= Are you at home now?
「おいでになる」にも「行く」「来る」「いる」の3つの意味があります。
おいでになる also has the same three meanings 行く, 来る, and 居る.
「今日はどちらへおいでですか?」= Where do you want to go today?
「こっちにおいで」= Come here.
「今、お宅においでになりますか?」= Are you at home now?
この様に、「いらっしゃる」と「おいでになる」を比べると、まったく同じ意味・用法だということがわかります。「いらっしゃる」は「入(い)らせる=入ること」から生まれた言葉で、「入って行く」「入って来る」「入っている」の3つの意味で使っていました。一方、「おいでになる」は「出(い)でる=出ること」から生まれた言葉で、「出て行く」「出てくる」「出ている」の3つの意味で使っていました。
Comparing いらっしゃっるwith おいでになる we can see that there is no difference between them. いらっしゃる comes from 入らせる (hairaseru) = 入ること (hairu koto), and it could be used as 入って行く (haitte iku), 入って来る (haitte kuru), and 入って居る (haitte iru). On the other hand おいでになる comes from 出でる (ideru) = 出ること (deru koto) and it can mean 出て行く (dete iku), 出て来る (dete kuru), and 出て居る (dete iru).
同じ言葉に「行く」と「来る」と「居(い)る」の3つの意味があるは不思議な気がします。どうしてかというと、話者がどこに「いる」のかによって「行く」になったり「来る」になったりするので、この3つの区別が曖昧(あいまい)になったからだと思います。
It’s strange that one word should have three completely different meanings. The reason is that whether you use 行く or 来る or 居る depends on the position(=居る場所 (iru basho, meaning “the place where you are”) of the speaker in relation to the other person. So the distinction of these three words is vague.

Syssy File (6)

さて、今まで説明したのは、シッシーのテキストの赤い枠の中の部分だけです(写真を見て!)。これは全部規則に従って動詞を「敬語」で表現することができます。敬語が厄介なのは、規則通りにならない動詞がたくさんあることです。
The explanations I’ve given to you on honorific and humble expressions so far are just within the red marker in your textbook (look at the photo). These verbs can be put into polite expressions according to the rules we’ve learned. The most disgusting part of learning honorific and humble expressions is that there are lots of verbs that do not fall under the general rules of honorific and humble conjugations that we have learned up to now!

先ず、規則通りにはならない動詞の「見る」を勉強します。ルール通りなら、「見る」を尊敬語にすると「お見になる」や「見られる」になるはずです。受け身の「見られる」は正しいのですが、「お見になる」や「見られる」は正しくありません。
First, let’s learn about the honorific form of 見る (miru, meaning “to see”). Regular honorific forms can be made by changing the verbal “dictionary form” into the “continuous form” and then making a sandwich with”o” and “ninaru” (お見になる omininaru)or by putting the verb into the passive form(見られる, mirareru). But お見になる or 見られる is an incorrect honorific expression.
「見る」(みる)
尊敬語①「お見になる(おみになる)」(×)→「ご覧になる(ごらんになる)」(○)
尊敬語②「見られる(みられる)」(×)→「ご覧になる」(○)
「見る」の尊敬語①が「ご覧になる」だということは、もう覚えるしかありません。そして、この尊敬語①はとてもよく使われます。
「ご覧のとおり、エンジンは正常に動いています」
(ごらんのとおり、えんじんはせいじょうにうごいています)
You should keep in mind that the honorific form of 見る is ご覧になる, goran ni naru. And ご覧になる is commonly used in daily conversation.
As you can see, the engine is running properly.
そして、尊敬語①と尊敬語②を一緒に使ってはいけません。つまり、「ご覧になる」と「られる」を一緒にして「ご覧になられる」としてはいけません。なぜなら、敬語は2つ同時に使ってはダメで、こういうのを「二重敬語」と言ってます。
Don’t mix 敬語 ① with敬語 ②. I mean you must not addご覧になる to見られる to get ご覧になられる. Because you should not use two polite expressions together. This is an incorrect usage of polite expressions. Those incorrect usages are called “doubly-polite phrases.”
また、受け身の「見られる」は「尊敬」と「可能」の2つの意味に解釈できるので、話者の意図が正しく伝わりません。
「あなたは見られますか?」(尊敬?可能?)×
→「あなたはご覧になりますか?」(尊敬)
→「あなたは見ることができますか?」(可能)
「ご覧になる」を使うと「尊敬」の意味であることが正確に伝わります。
「あなたは見られますか?」→「あなたはご覧になりますか?」(尊敬)
And passive form「見られる」can be interpreted in two ways as「尊敬(honorific form)」and「可能(possibility)」.So speakers cannot get through his message correctly using「見られる」
「あなたは見られますか?」(honorific form? or possibility?)
→「あなたはご覧になりますか?」(honorific form)
→「あなたは見ることができますか?」(possibility)
次に、「見る」の謙譲語を見てみましょう。謙譲語は動詞の「い」音を、「お」と「する」でサンドイッチにしました。ですから、「お見する」にならないといけません。でも、正しくは「拝見する」です。「見」という漢字は入っていますが、全く別の表現です。この「拝」は、次の4つの動作を謙譲語化するときに使います。こんな具合です。
「見る」→「拝見する」(はいけんする)
「聞く」→「拝聴する」(はいちょうする)
「借りる」→「拝借する」(はいしゃくする)
「読む」→「拝読する」(はいどくする)
Then let’s talk about the humble form of 見る. Usually, humble forms can be made by changing the verbal “dictionary form” into the “continuous form” and then making a sandwich with “o” and “suru.” So the humble polite form of 見る ought to be お見する, omisuru. But the correct humble form of 見る is拝見する (haiken suru). It is true that 拝見する contains the kanji 見, but 拝見す is entirely different from見る. 拝 can be used to make the four following humble forms.
「miru」→「hai-ken-suru」
「kiku」→「hai-chou-suru」
「kariru」→「hai-shaku-suru」
「yomu」→「hai-doku-suru」
「拝見する」と一緒に、ほかの3つも覚えておくとよいでしょう。そして、規則的な場合と同じように、「する」が「します」や「いたします」というもっと丁寧な表現があります。作り方も同じです。
「拝見する」<「拝見します」<「拝見いたします」
「拝聴する」<「拝聴します」<「拝聴いたします」
「拝借する」<「拝借します」<「拝借いたします」
「拝読する」<「拝読します」<「拝読いたします」
It is better to learn by heart the other three humble expressions 拝聴する, 拝借する, and 拝読する. And all the same as regular humble forms, irregular ones can be expressed by politer forms than “-suru,” with “-shimasu” and “itashimasu” in the same way.
「hai-ken-suru」<「hai-ken-shimasu」<「hai-ken-itashimasu」
「hai-chou-suru」<「hai-chou-shimasu」<「hai-chou-itashimasu」
「hai-shaku-suru」<「hai-shaku-shimasu」<「hai-shaku-itashimasu」
「hai-doku-suru」<「hai-doku-shimasu」<「hai-doku-itashimasu」

Syssy File (5)

「敬語」には「尊敬」と「謙譲」がありました。今回は「謙譲」を説明します。「尊敬」は直接、目上の人の立場を引き上げます。一方、「謙譲」は話者の立場を引き下げることで、間接的に話者の相手(目上の人)の立場を引き上げます。
There are two ways to be polite in Japanese. One is to use尊敬 (“sonkei,” honorific expressions) and the other is to use 謙譲 (“kenson,” humble expressions). This time, let me explain 謙譲 (kenson). 尊敬 (sonkei) elevates the speaker’s superior directly. On the other hand, 謙譲 (sonkei) lowers the speaker’s position, thus elevating the superior indirectly.
謙譲」は話者の行為を引き下げますから、主語は必ず「わたし」になります。でも、省略されることがあるので、注意が必要です。
In honorific expressions, the speaker takes an inferior position, so the subject of honorific expressions should be the speaker. But, be careful because sometimes subjects are omitted. For example よろしくお願いします (I request you to do it).
(Strange! But the subject of the sentence is clearly recognized as “I.”)
一方、「尊敬」は目上の人の行為を引き上げますから、主語は必ず目上の人です。
On the other hand, humble expressions elevate the position of the speaker’s superior, so the subject of humble expressions should be the superior.
話者はいつも一番低い立場をとります。だから、話者が行う行為はすべて「尊敬」だと考えてよいです。一方、話者以外の人が行う行為はすべて「謙譲」だと考えるのが合理的です。
For now, it is actually practical for the speaker to always consider oneself inferior to the person being spoken to, so any actions performed by the speaker use the humble form. On the other hand, any actions performed by anyone other than the speaker use the honorific form.
謙譲」表現にするのは簡単です。
1.辞書形を連用形にする
2.「お」と「する」ではさむ。
It is easy to make humble expressions!
1.Change the “dictionary form” into the “continuous form.”
2.Make a sandwich with “o” and “suru”
例えば「書く」を「謙譲」表現にするには
1.「書く」→「書き」
2.お+書き+する=お書きする
For example, “kaku” (meaning “to write”) can easily be put into the humble form.
1. kaku → kaki-
2. o- + kaki- + -suru
連用形といのは「ます」と一緒になる形です。
Continuous form uses the “masu” conjugation.
遊ぶ(asobu)→遊びます(asobimasu)
泣く(naku)→泣きます(nakimasu)
飲む(nomu)→飲みます(nomimasu)
思う(omou)→思います(omoimasu)
運ぶ(hakobu)→運びます(hakobimasu)
知る(shiru)→知ります(shirimasu)
買う(kau)→買います(kaimasu)
「ます」の直前は「い」の音じゃないといけません。
The sound to the immediate left of “masu” should be “i” sound.
「asobi-masu」→「i-masu」
「naki-masu」→「i-masu」
「nomi-masu」→「i-masu」
「omoi-masu」→「i-masu」
「hakobi-masu」→「i-masu」
「shiri-masu」→「i-masu」
「kai-masu」→「i-masu」

Syssy File (4)

「敬語」には「尊敬」と「謙譲」がありました。そして、尊敬には「になる」、「される」、そして「なさる」の3つのタイプがあります。今回は「される」がどうテストに出るかを説明します。
There are three types of honorific expressions: ni-naru, -sareru, and -nasaru. This time, let me explain how the “passive” form is going to be on the test.
「される」は「受け身」と呼ばれています。「受け身」には4つの使い方があります。
The passive form is -sareru. We can express the following four different meanings with the passive.
受け身 (ukemi): Passive
尊敬 (sonkei): Honorific
可能 (kanou): Potential
自発 (jihatsu): Spontaneous
そして、今回は「受け身」がテストにどうでるかを説明します。では、この4つの具体例を挙げましょう。
Here are concrete examples of the passive form that you will find on the test.
「ウェストワールドはたくさんの人に見られている」
「アマゾンTVでウェストワールドを見られますか」
「あなたはもうウェストワールドを見られましたか」
「ウェストワールドをみていると時間が短く感じられる」
WESTWORLD is watched all over the world.
Can I watch WESTWORLD on Amazon Fire TV?
Have you watched WESTWORLD yet?
I felt time passed faster than usual in watching WESTWORLD.

 

The spontaneous form れる(reru)/られる(rareru) is usually used with a verb related to one’s feelings or thoughts such as 思う (omou, meaning “to think”), 感じる (kanjiru, meaning “to feel”), and 考える(kangaeru, meaning “to think about”). Actually, usage of the spontaneous form is very limited, so I don’t think it will be on the test. And there are no questions about the spontaneous form れる/られる in the workbook 『文化中級日本語Ⅰ練習問題集』 that you are using.
「受け身」「尊敬」「可能」を見分けるのは簡単で、先ず主語を見つけることです。そして、もし「物」が主語なら「受け身」です。人が主語で、その人が自分よりも立場が上なら「尊敬」、それ以外の人(「自分」だったり、相手の立場が自分と同じが下)なら「可能」です。そして、「れる・られる」を「できる」に代えても文が成り立ちます。主語が人でも、人にいやなことをされる場合は「受け身」です。その場合には「被害の受け身(suffering passive)と考えられます。
It is easy to distinguish the passive(受け身), honorific(尊敬), and potential (可能) forms. First, look at the subject. If the subject is an object/objects れる/られる is the passive form. If the subject is a person and he/she is the speaker’s superior れる/られる is the honorific form. If the subject is a person/ persons in the same position or an inferior position to the speaker れる/られる is the potential form, and in this case you can replace れる/られる with できる(dekriu). When the subject is a person, and you have something unpleasant done by others れる/られる is the passive form.
秋山先生は今、外出されています
(Akiyama sensei ha ima, gaishutsu sarete imasu, meaning “Mr. Akiyama is out (not in the school) right now”)
The subject is 秋山先生 (Akiyama sensei, meaning “Mr. Akiyama, the teacher) who is the speaker’s superior, so this れる is the honorific form.
ゆうべ子供に泣かれて困った
(yuube kodomo ni nakarete komatta, meaning “Last night my child kept crying and I didn’t know what to do”)
The subject is子供 (kodomo, meaning “a child/one’s child”) who is in a position inferior to the speaker, so れる is either the potential form or the passive form. In this case, the speaker was distressed at the child’s crying, so this れる is the passive form (the speaker was distressed).
このカレーは辛くないので、子供でも食べられ
(kono kare ha karakunai node, kodomo demo taberareru, meaning “This curry isn’t spicy hot, so even children can eat it”)
The subject is子供 (kodomo, meaning “a child”) who is in a position inferior to the speaker, so られる is either the potential form or the passive form. In this case, られる can be replaced with 〜ることができる (〜rukoto ga dekiru) as in 食べることができる (taberu koto ga dekiru, meaning “you can eat this”), so られる is the potential form.

Syssy File (3)

「敬語」には「尊敬」と「謙譲」がありました。そして、尊敬には「になる」、「される」、そして「なさる」の3つのタイプがあります。今回は「なさる」を説明します。「なさる」がつくのは漢語サ変がほとんどです。つまり、漢字2語の名詞に「する」がついた動詞です。だから、「する」を「なさる」にするだけで尊敬語になります。
説明する→発表なさる
発表する→説明なさる
料理する→料理なさる
他にも「和語」に「する」がつく場合もあります。
早起きする
擬音語」に「する」がつく場合もあります。
ドキドキする
だけど、「漢語」+「する」だけ覚えておけばいいでしょう。
There are three types of honorific expressions: ni-naru, -sareru, and -nasaru. This time let me explain the -nasaru form. This form can be added only to words of Chinese origin; that is to say, the verbs which consist of two Kanji characters and -suru such as
説明する(せつめいする
発表する(はっぴょうする
料理する(りょうりする
So you can easily make the honorific form with -nasaru. All you have to do is to change する to なさる, as in the three examples below.
説明する→説明なさる(せつめいなさる
発表する→発表なさる(はっぴょうなさる
料理する→料理なさる(りょうりなさる
Polite expressions of the -nasaru form can be made by addingご(go) in front of the verb as in the three examples below.
ご説明なさる
ご発表なさる
料理なさる
「料理する」は和語なので、「ご」の代わりに「」が頭につきます。

「料理する」is Japanese in origin, so instead of ご add お in front of the verb.
「なさる」を丁寧にしたのが「なさいます」です。こんな具合です。
The -nasaimasu conjugation is another polite expression of the -nasaru form, shown in the three examples below. 
説明なさる→説明なさいます
発表なさる→発表なさいます
料理なさる→料理なさいます
て、サ変動詞の敬語がテストに出るのは、「自分の行為に尊敬語を使ってはいけない」というルールです。
And now, the most important thing to remember is that the speaker always considers himself/herself to be inferior to the other person. Another way of saying this is that honorific expressions can be used not for the actions performed by the speaker but for the ones performed by anyone else seen from the viewpoint of the speaker. 
シッシーが説明なさる(○)
僕が説明なさる。(×)

 

 

 

Syssy File (2)

次は「される」タイプです。「される」は「尊敬」と「受け身」の2通りの使い方があります。受け身を英語でpassive formと呼びます。だから「尊敬」も同じ呼び方をします。「尊敬」と「受け身」の区別の仕方は簡単です。人は尊敬されますが、物は尊敬されないからです。
1.先生が書かれた。(尊敬)
2.文章が書かれた。(受け身)
 「書かれた」のが何かを見ればわかります。つまり、主語を比べてみるのです。1では書かれたのは「先生」で、先生は人ですから尊敬されます。一方、2では書かれたのは「文章」で、文章は物ですから尊敬されません。だから2は受け身です
Second type of  Honorific Polite Expressions is “-sareru” form.  “-sareru” form can be used as both Honorific Polite Expressions and Passive.  So this type of Honorific Polite Expressions are called “passive form.”  It is easy to distinguish Honorific Polite form from Passive form.  For people can be respected, but things are not respectable.
1.先生が書かれた。(Honorific
2.文章が書かれた。(Passive
 All you have to do it to think about the subject of the verb書かれる.  The former sentence can be translated as “The teacher wrote that.” in English. And the subject of the sentence is “teacher”, who can be respected by someone else. So the former is “Honorific.”  On the other hand, the latter sentence is “The text is written” and the subject of this is “text”, which is not respectable. So the latter is “Passive” But We can call these two kinds of expressions as “passive.”
 受け身や尊敬の「される」には「れる」と「られる」の2つのタイプがあります。「聞く」は「聞かれる」、「見る」は「見られる」になります。区別の方法は簡単です。辞書表現を「ない」にするとき、「ない」の前の音が「-a」になれば「れる」になります。例えば「聞く+ない=聞かない(ki-ka-nai)」になり、「ない」の前に「ka」が来ます。kaにはa音が入ってます。それ以外の場合は「られる」です。例えば「見る」は「見ない(mi-nai)」になり、「ない」の前はi音だから「見られる」になります。
There are two types of “passive” forms. One is “-reru” form, and the other is “-rareru” form. 「聞く」can be put into passive form as「聞かれる」while「見る」as「見られる」. It is also easy to distinguish “-reru” from “-rareru.”  You have only to change dictionary form into negative form(ない). If the sound immediate left to “-nai” is “a” sound, you can use “-reru” form.  For example, if you add「聞く」to「ない」, you get 「聞かない」(kika-nai.  The sound just left to “-nai” is “a” sound. So the passive form of「聞く」is「聞かれる」.On the other hand, if the sound immediate left to “-nai” is other than “a” sound, you can use “-rareru” form.  For example, if you add「見る」to「ない」, you get「見ない」(mi-nai. The sound just left to “-nai” is “i”, other than “a” sound.  So the passive form of「見る」is「見られる」
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Syssy File(1)

今日から「敬語」について日本語と英語の両方で説明します。これは、薮下が今年からやっている「英語で日本語を教える」試みの1つで、イタリアのナポリ東洋大学で日本語を勉強している女の子、Syssy(シッシー)に行った講義ノートの一部です。ここに書いてある内容は、どこかのサイトをコピペしたものではなく、薮下が書き起こしてリンダが英訳しています。当然のことながら、コピーライトは薮下にあります。ここに書いてある文章を使用する場合には薮下の許可をとってからにしてください。アドレスはyabukenmail@gmail.comです。海外の子たちがこれを見て、日本語を勉強してくれるようになるとうれしいです。
「敬語(けいご)」には2種類(しゅるい)あります。
There are two ways to speak politely in Japanese.
1つは話者(わしゃ)にとって目上(めうえ)の人の立場(たちば)を直接(ちょくせつ)持ち上げる表現(ひょうげん)です。
One way is to use expressions that elevate the person you are speaking to directly.
このタイプの表現を「尊敬(そんけい)」と呼びます。
Expressions of this type are called honorific expressions. 
もう1つは話者の立場を引き下げる表現で、その結果(けっか)、間接的(かんせつてき)に話し相手(はなしあいて)の立場を持ち上げます。
The other way is to use expressions that lower your position, thus elevating the other person indirectly.
このタイプの表現を「謙譲(けんじょう)」と呼びます。
Expressions of this type are called humble expressions.
「尊敬」には「になる」「される」「なさる」の3つのタイプがあります。
There are three types of honorific expressions: the ni naru form, the sareru form, and the nasaru form.
最初は「になる」タイプです。このタイプには「お~になる」と「ご~になる」の2つがあります。「お」になるのは、動詞(どうし)が和語(わご)の場合です。一方、「ご」になるのは、動詞が漢語(かんご)の場合です。和語と漢語は簡単に区別できます。和語は漢字が1語しかないのにたいして、漢語は漢字が2語あります。例えば、「書く」は漢字が「書」の1つですから和語です。一方、「説明する」は漢字が「説明」の2文字だから「漢語」です。「尊敬」の表現にすると、「書く」は「お書きになる」、「説明する」は「ご説明する」になります。
There are two types of ni naru forms: o~ni naru and go~ni naru. If the verb is a purely Japanese word, you say o ~ni naru.  If the verb is from a word of Chinese origin, you say go~ni naru. It’s easy to tell whether a verb is pure Japanese or from a word of Chinese origin. If the dictionary form of the word consists of only one kanji, then it is pure Japanese. For example, 書く (kaku, meaning “to write”) has just one kanji書, so 書くis a verb of Japanese origin. On the other hand, 説明する (setsumei suru, meaning “to explain”) has two Kanji characters説 and 明, so 説明するis a verb of Chinese origin. Thus, the polite form of 書く is expressed  as お書きになる (o-kaki ni naru) and the polite form of 説明する as ご説明になる (go-setsume ni naru).

クソ参シリーズは止めます!

「Vintageはクソ参か?!」は、もう止めることにします。子供たちや先生たちによると、このシリーズを予備校の講義のネタにしている先生がいるそうです。ラスコーリニコフも言ってるように、自分でつくウソくいらいは、自分の頭で考えなさい!人のネタを勝手に使わないでもらいたいものです。あ、授業は今まで通りVintageをクソ参扱いしますので、期待していてください。
それから、授業でチラ見した写真をもう一度見たいという子がコメントしてくるので、ついでに掲載します。あ、前にも言いましたが、コメントはすぐには薮研に公開されることはありません。投稿者の承諾がない場合には公開していませんから、安心してコメントしてください。