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第1課 「単語」(22)動詞には日本語の発想では上手く行かないものがある(その2)

「やり直しの英文法」の22回目です。前から動詞を色んな視点から分類しています。
1.「be動詞とそれ以外の動詞(一般動詞)」
2.「自動詞と他動詞」
3.「動作と状態」
4.「日本語の発想で上手く行く動詞と行かない動詞」
5.「単体動詞と句動詞」
tired今回も動詞を「日本語の発想で上手く行く動詞と行かない動詞」に分類します。
私は疲れています。(L10)
I am tired.
私は特に駅や店にある標識に興味を持っています。(L14-Reading)
I am especially interested in the signs at the train station and in the shops.
この2つの英文はどう見ても「受け身」です。つまり、「be+過去分詞」の構造をしています。なのに、日本語をみると「~している」の進行形の訳語がついています。これはどう考えても納得できませんよね。その上、「New Treasure English Series  State1」はそれについて何の説明もしていません。ただ、巻末にあるWord Listに「interested=[形]興味を持っている」、「tired=[形]疲れた」と書いてあるだけです。ま、これは「New Treasure English Series」に限らず、他の大抵のテキストも同じようなものなのですがね。
実は、interestは「興味を持たせる」、tireは「疲れさせる」という意味の動詞で、「標識が僕に興味を持たせる」、とか「速く歩くことが僕を疲れさせる」などと使います。こんな具合です。
駅や店の標識が僕に興味を持たせる。←変な日本語
The signs at the train station and in the shops interest me.
速く歩くことが僕を疲れさせる。←変な日本語
Walking quickly tires me.
この2つの例文に付いている日本語訳は全然日本語らしくありません。つまり、「興味を持たせる」とか「疲れさせる」というのは日本人の発想じゃないということです。僕ら日本人は「モノが人になにかする・させる」という発想がありません。そうではなくて、「人が勝手にそうなる」と発想します。言い換えると、「僕が勝手に標識に興味を持つ」んだし、「僕が勝手に疲れる」のです。
ここが欧米文化と日本文化が大きく違うところで、薮下は欧米を「する・させる」の文化、日本を「なる」の文化と考えています。いや、薮下ではなくて、政治家で思想史家の丸山真男氏が『歴史意識の古層』の中でそう述べているのを拝借しています。丸山真男氏は、古事記や日本書紀などの創世神話に頻繁に出てくる「なる」という表現に注目して、そんな言語が基盤となっている日本文化を「なる」の文化だと言います。一方、ユダヤ教やキリスト教の創世神話には「つくる(する・させる)」の表現が多用されているので、欧米を「する・させる」の文化だとしてそれに対置させます。つまり、日本文化の根底にある「周りの状況が自然にそうなる」という発想は、「あるモノがその状況を作り出す」とか「あるモノが状況をそうさせる」という欧米の発想とは真逆なわけです。
そこで、interestやtireなどを、薮下は「させる系の他動詞」と呼んで、他の動詞と区別しています。そしてこの「させる系の他動詞」の使い方がとても大切なのですよ!
駅や店の標識が僕に興味を持たせる。(×)
=僕は駅や店の標識に興味を持っている。(◎)
The signs at the train station and in the shops interest me.(する・させる
=I am interested in the signs at the train station and in the shops.(人 is -ed
駅や店にある標識は僕には面白い。
The signs at the train station and in the shops are interesting for me.(物 is -ing
「させる系の他動詞」の「する・させる」の表現は日本語にできません。つまり、「標識が僕に興味を持たせる」とは言いません。だから、「僕は標識に興味を持っている」とします。これが受け身の「人 is -ed」になっても「僕は標識に興味を持たせられる」とは言わないので、やっぱり能動態と同じ「僕は標識に興味を持っている」と訳すしかありません。だから、受け身なのに受け身の訳が付かないのです。一方、標識が主語の「物 is -ing」になっても「標識が興味を持たせている」とは言わず、「標識は面白い」と訳します。つまり、interestedを「~される」、interestingを「~している」とは訳さないわけです。言い換えると、受け身なのに受け身の訳は付かず、進行形なのに進行形の訳がつかないわけです。
じゃあ、受け身なのになぜ「興味を持っている」という進行形の訳がつくのでしょうか?これは前にやったknowと同じで、「心の状態」を表しているからです。つまり「興味を持っている」のは、どこも動きませんから動作ではなくて状態です。動作が継続的に進行している場合は「進行形」にしますが、状態はそのままで「その状態が継続している」の意味を表現できます。違いは、普通の他動詞は現在形のままで「~している」の意味なのに対して、「させる系の他動詞」は受け身形(過去分詞形)に「~している」の訳語が付くことです。
まとめておくと、他動詞には「普通の他動詞」と「させる系の他動詞」の2つがあります。「させる系の他動詞」は「人is -ed」、「物 is -ing」の形で使いますが、「受け身」だけど受け身の訳がつかず、「進行形」だけど進行形の訳がつきません。だからinterestedは「興味をもたせられる」ではなくて「興味を持っている」の状態進行形の訳が、interestingには「興味を持たせている」ではなくて「面白い」という普通の形容詞の訳がつきます。tireも同じで、「人is tired」で「人は疲れている」、「物is tring」で「物はうんざりだ」の訳語がつきます。「させる系の他動詞」についてはもっと先で詳しくやるつもりですが、もしもっと知りたい子はここから6つの話を参照してみてください。

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